31歳主婦、はじめてのキャバクラ(下)

繰り返される出会いと別れ、これからというときに女の子は去っていく

10歳近く年下のキャバ嬢に、キャバクラ通いの夫を持っても大丈夫、あなたはまだまだ若い、まだまだこれからですよと励まされた。しゃべりながら段々と勝手にエキサイトしていく彼女、何があったか知らないが最後の方は半ばキレ気味でもあった。あ、ありがとう、と、彼女の気迫におされつつ感謝の気持ちを伝えた。しかし不思議とその頃から、キャバ嬢たちとの心の距離がぐっと縮まってきたようにも感じられた。隣に座るしおりんも、良い奥さんですね、せっかくなのでキャバクラのこと何でも聞いてください!なんてより一層優しい。彼女達と、もっと楽しい話ができそう……!

 

これから始まる楽しい予感に、胸が高鳴り始めた、ちょうどそんなときだった。キレ気味に激励してくれた向かいの席のキャバ嬢が突如立ち上がると、

「今日はとっても楽しかったです!では、失礼します♡」

と、にっこり優しい微笑みだけを残して、すたすたと店の奥に消えていった。

 

えっ、せっかく仲良くなったと思ったのに、どうして急に……!?

 

ほどなくして、彼女のいた席に今度は別の女の子(リア・ディゾン似)が、こんばんは〜と言いながらやってきた。

出会いと別れ、そして再びの出会い。聞けばやはりこれもキャバクラのシステムらしい。指名という制度を使って特定の女の子を指定しなければ、こんな風に色んな女の子が入れ替わり立ち代わりお客につくんだそう。で、お客は指名に向けて、この入れ替わり立ち代わりの中から気の合う子を見つけるんだそう。

正直、なんて良くできたシステムだろうと感心した。ちょっと分かり合えてきたぞ、というときに女の子に立ち去られ、残された客の味わうポツン感たるや……!それがシステムだと分かっていても、置き去りにされるという状態はなんとなく寂しいし、なんとなく心細い。完全にこちら劣勢である。立ち去る女の子のヒールの高さと同じくらいプライドの高そうな背中が言葉無く語りかける「もっと私とおしゃべりしたいならお金払ってね」感は、さっきまでの親近感とは完全に別物だ。売り手と買い手、選ぶ人、選ばれる人。キャバクラにおけるこの関係性の優劣は一見シンプルな様でいて、その実、場面に応じてころころと入れ替わる。そうやって、お客がより多くのお金を落としやすい状況が作られていくようだ。巧妙である。

 

阿蘇の大自然を背負ったマイナスイオン派キャバ嬢

そうこうするうちに私の隣にいたしおりんも優しい微笑みを残して同じように立ち去り、代わりに熊本出身の22歳がやってきた。2ヶ月前に上京してきたばかりという彼女は、派手な目鼻立ちとは裏腹に、しゃべるとものすごく訛っていた。

「え〜、お客さんのご実家も九州なんですかあ。実家に帰ってますか?私はまだ出てきたばっかりなんですけど、次いつ帰ろうかなあっていつも思ってます。(笑)」

ニコニコしながら訛ってる彼女と話していると、六本木のキャバクラにいるはずがいつのまにか阿蘇山の雄大なカルデラに抱かれているような、マイナスイオンをたっぷり浴びているような清々しい気持ちになってくる。のちに私を連れて行ってくれた友人も「あの子よかったね〜」と彼女をいたくお気に入りだったので、結局のところこういうあか抜けなさ、素朴さが、男女問わず人の心のバリアを無効化するんだろうと思った。

「わたし、女性のお客さんにつくの初めてなんですよぉ」マイナスイオンが囁きかける。

「女性客が1人で来ることってないんですか?」

「う〜ん。さすがにそういうお客さんは見たことないですねえ」

細木数子みたいな女帝っぽい人はキャバクラ遊びもするのかな、なんて思ってたんだけど」

「ん?誰ですか?」

「え、細木数子

「……?」

「あ……」

「ん〜……うふふ♡」

22歳の彼女には細木数子が通じなかった。そりゃそうか、細木数子最近見ないもんな。

しかし、あ、ジェネレーションギャップ!あ、この話は通じないようだ!とこちらが気付いた瞬間、うふふ♡とやわらかな微笑みで半ば強引に話題を受け止めるテクニック……そうだ、訛っていたって彼女もプロなのだ。

笑顔にごまかされながら、ああそういえば私ももう31か、とぼんやりこれまでの歩みに思いを馳せた。サラリーマン社会の悲哀を背負ったおじさん達にほんの一歩近づいた気がした。

 

結局のところキャバクラとは何なのか

 こんな調子でもう何人か、女の子が私たちのテーブルにやって来て、大して中身のないおしゃべりを交わしては、楽しかったです♡とにっこり微笑んで去っていった。たまに私とキャバ嬢の会話が盛り上がる様子を見せると、向かいの席の友人が「お、女子会はじまった?」などと茶々を入れてくる。たしかに一見女子会ではあるけれども、実際のところキャバ嬢との会話は普段の女子同士の会話とは全然違う。何しろ彼女達は際限なく優しいのだ。

美人キャラ、可愛いキャラ、訛りキャラ、そして半ギレキャラ。商品として様々な個性を演出しつつ、彼女達は人としてよほどハイレベルに不道徳なことを告げない限り、それちょっとどうなの、なんて言いそうにない。もちろん人間なので黙って聞いていられないときもあるだろうし、つい本音が出ることもあるだろう。けれども基本姿勢ではそんな自分の人間としての物差しには蓋をして、全てを優しく受容する。たとえ細木数子が分からなくても、そんなわけわからん名前出すなよと万が一心の中で思ったとしても、決して口には出さない。絶対にあなたを否定しませんよ、怖い思いさせませんよ、怒ったりしませんよと、限りなく母性に近い女性らしさで、お客をふんわり包み込むのだ。

首や肩、手足、すべすべの肌を多く露出した可愛い女の子達(しかも匂いもいい)が代わる代わるやってきては、底なしの優しさを体現してお客を全肯定してくれる場所、それが私の見たキャバクラだった。

 

世の多くの男性が言う「優しくされたい」の「優しさ」が、これほど底なしで、これほど骨抜きの、半端ない甘やかし状態を指しているということを知っているのは、恐らくキャバ嬢とその経験者だけだろう。もちろん、そんな見え透いた優しさなんて気持ち悪いから自分は受け入れられないとか、だからキャバクラは嫌いなんだだと考える男性も少なからずいると思う。だからそういう人は当然、自分はここに当てはまらないと思って他人事として読み進めていただければと思うのだが、キャバクラという空間を享受出来る男性は、一般の女性が思っているよりはるかにズブズブの優しさを享受できるし、そもそもそれを少なからず求めている人たちなのだ。

正直、それに気付いたときにはちょっと引いた。成人男性、ひとたび鎧を脱げばここまで甘ちゃんなのかと……。だけど冷静に考えてみると、女性のお姫様願望だって同じ様なものだ。自分にたまたま悲しいことがあって人知れず泣いているとき、好きな男の人にはそれを誰に聞いたわけでもなく鋭く空気で察して、昼であろうが夜であろうが仕事中であろうが親の死に目であろうが持ち場を抜け出し、さながら王子様のように颯爽と自分の前に現れて慰めてほしい。お姫様願望とはそういうもので、男性側の都合なんて一切関係ない。だからこそ非現実的で、大抵フィクションの中でしか成立しない。そんなことはなから分かっていながら、それでも女性が心のどこかでお姫様願望を捨てきれないのと同じように、男性もまたどんなに年をとっても、どんな役職についていても、心のどこかで女性に沈み込む様に甘えたい、赤ちゃん願望を捨てきれない。で、そんな夢をお金の力で一時的に疑似体験できる場所こそ、キャバクラなのだ。

 

後日あらためて考えた。

あんな風に自分を全肯定される快楽というのはある種麻薬のようなものだろうから、どハマりして実社会に戻れなくなることだって十分あり得るんだろうと。もちろん懐具合との兼ね合いもあろうけれども、やっぱりキャバクラって、とても恐ろしいところなのではないかと。この考えを友人に打ち明けたところ、思いがけない答えが返ってきた。

 

「大体の男は3回か4回も通うとね、欲を出しちゃうもんなんだよ」

「どういうことです?」

「自分のことを全肯定してくれるキャバ嬢に段々本気で入れ込んでくると、その子と付き合いたい、セックスしたいという次なる欲が出てくる。そこで初めて否定されて、そううまくいかんなという現実に、多くの男は気付くのだよ。」

 ……なるほど。

多くの男性は聖母に受け入れられたと思うとその先に性を望み、そこで遅かれ早かれ、すべてがフィクションであったという現実に直面するらしい。

 

ちなみに今回、友人とともに私がキャバクラのテーブルにつき、若く美しい女の子に叱咤激励され、30代にしか分からないネタを話題に上げてもにこやかに許され、つるつるすべすべの肌をおいしいシャンパンとともに拝んだおよそ2時間の夢のお代は、約7万円とのこと。※良い友人に恵まれて本当に幸せです。

良い夢を見るにも決して安くないお金がかかる。

 

男性が普段見せない夢、欲望、本音がちりばめられたキャバクラへの潜入。結局良しなのか悪しなのかについては各々のご判断にお任せするとして、いずれにせよなかなかに気付きの多い貴重な体験だった。世の男性のみなさんも機会があればぜひ一度、恋人、あるいは奥さん、あるいはお母さんらと、連れ立ってキャバクラにお出かけになるのもよろしいんではないでしょうか。 普段フィクションの中でしか曝け出すことのない正直な自分を、現実世界に生きている身内の前であらわにしたその先にこそ、ドクドクと血の通ったあたらしい物語が待っている……かもしれないしどん引きされて終わるかもしれないそれは誰にも分からない!

 

キャバ嬢の社会学 (星海社新書)

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 ところでこれは今日焼いたクリームパン。

極論を言えば、パンを焼いてもキャバクラと同等の効果が得られるので軍資金が心許ない方なんかはぜひお試しください。