マスク依存と鼻を隠したい現象

少し前のNHKの特集で「マスク依存」について取り上げていた。 最初は病気やアレルギーの予防で何気なくマスクをつけ始めたのに、気づけばいつしか、マスクなしには人前に出られなくなってしまった、という人が増えているらしい。これを見て思い出したことがあった。

1年ほど前から、たまにリサーチのためにツイキャスを観ていた。(ツイキャスというのはスマホから動画のライブ配信ができる、10代〜20代の子供達に人気のサービスだ。)その中であるとき、とあるキャス主(配信者)の女の子が、マスクをして配信をしていた。それだけなら、顔を出したくないんだな、と納得のいく話なのだが、放送の途中で彼女は、おもむろにストローを挿した缶ジュースを口元に。マスクをしているのにどうやって飲むんだろうと見守っていると、彼女は顔につけたままのマスクを手際よく半分に折りまげ、マスクを取ることなく、口元だけを露出させてジュースを飲んだのだ。二分の一幅となったマスクは引き続き、彼女の鼻だけを覆っているという状態。

……そんなおかしなことってある?!と思ったものの、他の視聴者は全然そこに突っ込まない。人気キャス主というのは一部でカリスマ化していて、ネイルやメイクの仕方をレクチャーしたり、視聴者のコメントを読み上げるだけで喜ばれたりするのだが、鼻にだけマスクをかけた不思議な状態となった彼女は、その状態でも何事もないかのように視聴者から受け入れられ、賞賛のコメントを読み上げ続けている。


鼻に絆創膏を貼るだけでも面白い感じになるのに、マスクを鼻だけにかけるというのは普通ではちょっと考えられないくらい奇妙だ。それを押してまでマスクを外せない状態というのは、確かに「依存症」と呼ぶに値するもののように感じられるし、同時にそこに違和感を持たない視聴者の方にも色々な疑問が湧く。

 

話は変わって数日前、インスタグラムで不思議な写真を見かけた。おしゃれな料理の写真をポストする、とある人気アカウント。その中の人が、珍しく部分的に顔出し写真をアップされていたのだが、その写真が何か妙だったのだ。あれ?と思いよく見てみると、ご本人の鼻の部分にだけ、小さくぼかしが入れられている。おそらく、ペイントアプリのぼかしペンを使って、手作業で入れられたぼかしだろう。

どうしてそんなにも律儀に鼻だけ隠すのか、と思うと同時に、その気持ちが全然わからないでもない。自撮り写真だって鼻から下を隠した方が確かに盛れる。その実感はある。ざっくり鼻から下、と思っていたから試していないだけで、問題は鼻にだけあったのかもしれない。ツイキャスやインスタグラムで動画や写真を研究し尽くした結果、彼女達はそんな鼻の事実に気づいたのではないだろうか。そしてマスク依存を患っているとされる人の中には、もしかしたら少なからず、醜鼻恐怖の人がいるのではないか。 


2ちゃんねるの美容整形板で(昔よく読んでいた)、“鼻の整形を始めると整形依存に陥りやすい”という投稿を目にした記憶がある。鼻というのは、顔の真ん中にあまりにも堂々とあるくせに、まつ毛のような毛が生えているわけでもなく、まばたきをするなどといった動きもない。つまり、誤魔化しが効きにくい。鼻にメスを入れると整形依存になりやすい、というのも、もとの形がシンプルであるがゆえに、少しのラインのずれが目立ちやすく、気になりやすいということがあるんだろう。目の錯覚を利用したメイクとして、少し鼻筋の両脇に陰影を入れて、鼻をシャープに見せたりすることもできるにはできるが、やりすぎると舞台メイクのようになるので、これはかなり高度な技術を必要とする。

一方、鼻の上にある目の方には、昔から、大きければ大きいほど良いという単純明解な評価基準があった。まつ毛にはマスカラ、目の縁取りにアイライン、さらには黒目補強にカラコンというように、持って生まれたものをベースに、一時的にさらによくする余地がある。

日進月歩の道具の力を借りて、どんどん少女漫画の絵ように華やいでいく目元とは裏腹に、外科的な力を借りなければ一向に人間味を失えない我々の鼻。そして、外科的な力を借りたところで、真の正解が測りにくい、鼻。少女漫画の絵で、可愛い子の鼻というのは往々にしてカタカナの「ノ」かもしくは、ないに等しいくらい小さな「く」として描かれている。しかし現実の人間の鼻というのは「ノ」や「く」よりは、はるかに主張が強い。そこはやはり「鼻」といった佇まいだ。少女漫画で可愛くない子として描かれる鼻はだいたい大きく、いかにも「鼻」といった佇まいをしている。

 

これらのことに加えて、ちょっと下世話な人ならご存知かと思うが“鼻が大きい男性は性器が大きい”という説がある。これは男性の話だが、たとえばエッチなことを考えて鼻息が荒くなったり、鼻の穴が膨らんだり、鼻から血が出たりする、というようなことは女性に起こってもおかしくないし、漫画やドラマでも、女性にそういう描写がなされることは当たり前にある。つまり、人間味を失わせてくれない鼻というのは、同時に性器や性欲といった、性にまつわるあれこれを連想させるものでもあって、だからこそ人間味を感じさせるんだろうし、だからこそ恥ずかしいし、だからこそ隠したいと、余計に思わせるんだろうと思う。もしかしたら、造形の如何は関係ないのかもしれない。


だけど、当然ながら、そうやって人間である事実を否定する形で美を追求していくことには限界がありそうだ。だって仮にもし化粧や努力や外科的な力によって、どんなに造形を美しく、非人間的に整えていっても、最後の最後には、人間なのに整いすぎた状態への違和感こそが、人間である証として残ってしまいそうだからだ。だから、やっぱり人間である以上いずれかの段階で、自分が、立派な鼻と、立派な欲を持った人間であるということを受け入れなければいけないんだろうと思うけど、ところが今の時代、強い欲求と大きい鼻を持ったギラギラとした人間像は、男女ともにあまり好まれないから、決して少なくない人がマスクで鼻を隠し、まさか私は欲など持たないですよ、という風を装いたいのかもしれないと思う。

 

 

家族無計画

家族無計画

 

 

りこんのこども

りこんのこども

 

 

 

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ところでこれは先日焼いたソーセージパイ。冷凍パイシートの内側にマスタードを塗って、巻いて焼く。あっという間に朝ごはんができます。