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表現活動は発信者と受け手とのエネルギーの受け渡し

 

文章を書けば書くほどライブの魅力を感じて、文章表現におけるライブってないものかといつも考えてる。というのも、ライブであれば発信者と受け手のエネルギーの受け渡しがリアルタイムで行われるからだ。エネルギーにも波長があって、わざわざ受け手に足を運ばせるライブであれば、好みや属性がほぼ似通った人たちが集まるし、現場の空気を読みながらエネルギーのチューニングができるという理由で、発信者と受け手にとって最大公約数のエネルギーの受け渡しができるのだ!(チューニングがうまくいかないと不完全燃焼のライブになるけど)

一方文章やレコーディングされた音楽、絵画や写真、録画放送の映画やドラマでも同じように、発信者は受け手にエネルギーを発信し、受け手からエネルギーのフィードバックを得るけど、発信する段階で受け手は目の前にいないので、このへんかな、これくらいの強さかなって感じで、手探りかつ余分にエネルギーを放出しきゃない。これはこれで大変だ。受け手も留守番電話を聞くようにそのメッセージを読むんだけど、そのときの自分のエネルギーの具合に合えば好きになってくれるし、合わなければ忘却する。ライブより非協力的だ。(※ちょっとスピリチュアルだけど宗教じゃないです)タイムラグがあるからこそ残るし、そこに価値や面白みがあるのもまた事実とはいえ……。

学者のように学術的な根拠を示して持論を展開するような文章を書かない私のような者は、結局、誰かに真実を伝えるとか、誰かを救うとか横柄なことを目的に据えず、インパクトのある読書体験を届けるために、真摯に芸として鍛錬していかねばならないのだろうと思う。もちろんphaさんが私と違うのは重々承知しており、脱力系とはいえphaさんは秀才で勉強家。とてもためになる本を書いていらっしゃる。しかしながら、同時にあの読みやすさ、あの展開だ。サービス精神も多大にお持ちの方であろうと思われる。そしてサービス精神って受け手が受信しやすいように発信者がエネルギーをチューニングすることだと思うので、放出疲れなんじゃないかな、なんて思って、こんなことを書いてみたけど改めて思えば全く余計なお世話ですみません。。

 

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<おしらせ>

恋愛コラムニストのファーレンハイトさん、隠居系男子の鳥井弘文さんと、ブログに文章を書くこと、メディアで文章を書くことについて、上記イベントでお話させていただくことになりました。思えばこのイベントで去年、narumi blogのnarumiさんが、私のブログのスタイルに「文末パンメソッド」と名前をつけてくださったような気がします。

またメインのセッションでは私の上司、茂樹松浦も登壇し、PR記事とかステマ記事とかについてお話するようですので、よろしければぜひお越しください。

 

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ところでこれは先日行われたイベントのために焼いた塩バターパン。

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