人を気持ちよくするのが発する者の使命

 

少し前、幸運なことにジャズピアニストの上原ひろみさんのライブを拝聴する機会に恵まれたのだ。上原ひろみさん、もともと好きでよく聴いていたけれど、いざ生で聴いたらもう、想像を越えてとんでもなかった。

まず、人間離れした技術でダダダダっと音が畳み掛けてくる。なんだこりゃああと度肝を抜かれている間にも、まだまだ序の口、天井なしって感じでテンションうなぎのぼり。え、もっと?もっとなの?ってこちらはハラハラする。ステージ上の上原さんは、余裕綽々といった様子で、もっともっともっと畳み掛けてくる。ごめんなさい負けました、と挑発にひとたび屈すると、もうその瞬間からめちゃくちゃ気持ちよくなる。無抵抗な私を、畳み掛けてくる怒涛の音が包み込んで、放り投げてみたり、ゆさぶったり。もてあそばれて、最高にいい気持ちになるのである。

音を奏でる傍ら、上原さんはしばしば「はぁああああっ・・」と地鳴りのような呻き声を上げる。その姿はさながらピアノの神を自身に宿らせた荒々しいイタコのよう。神か、悪魔か。人間でない何かを見ているようだ。ところがひとしきり演奏が終わり、ちょっとの合間のMCという段になると、途端に控えめで可愛い、赤ちゃんみたいな喋りの上原さんが出現するのだ。えっ、と混乱する。これはこれで超可愛いけれど、この人は果たしてさっきの人と同一人物なのかと疑う。しかしMCの時間はあっという間に終わる。必要最低限に喋って、あとは「私よりピアノのほうがよく喋りますので」とはにかみながら言う上原さん。再びピアノの前に座って演奏を始める。そしたらやっぱり再び、猛々しいピアノの神を宿らせるのである。

ライブが終わったあとには私、俗っぽい表現ではあるが、奇跡の目撃者になったと思った。とんでもないものを見てしまった。生きながら人間を超越した存在になれる人っているのだ、と。

 


上原ひろみ / Solo piano Live at BlueNote N.Y. ダイジェスト ...

 

この日のライブ会場はブルーノート。驚いたことにこれだけの熱量の公演を、上原さんは日に2度、4日間繰り返すという。息を切らして、汗を流して、鍵盤相手に戦うボクサーみたいな、でも決して乱暴ではなく極めて繊細な演奏を、2時間ほどぶっ通しで、日に2回、4日間も。こんな小さな体でそんなことやったら疲れ果てて死んでしまうのではと心配になるほどだが、彼女はタフだ。

 

何十人といる聴衆をたった一人で気持ち良くさせるっていうのはつまり、投網のような形で自らが圧倒的な熱を放って、それでもって全員を有無を言わさず取り込んで、ブンブン好き勝手に振り回すということなのだ。放つ熱量をケチケチ出し惜しみしていては決して相手は気持ちよくなれない。命を削るほどのエネルギーをぶわっと一気に注いで、そのまま最後まで決して手を緩めない。後から死ぬほど疲れるだろうけれど、それこそが芸を披露するということなのだ。

 

折しもその頃の私は、ケイクスでの連載「家族無計画」のスタートを目前に控え、準備に勤しんでいる最中であった。自分のホームでないステージで芸を披露させてもらう以上、それ相応の覚悟を決めなければと思った。しかし果たして自分も上原さんのように献身的になれるのかと自問自答。ライブ後にはしばらく途方にくれた。しかし彼女はプロ中のプロ。分不相応に比較し途方にくれてばかりいても仕方ないからすぐに開き直ったわけだけれども。

 

最近とある仕事の関係で人様のブログをこれまで以上にたくさん拝読している。

読んでいてぐっとくる記事というのは、筆者が読者に対してつとめて献身的であると感じる。伝える上で必要とする熱を惜しんでいない。行間を多用し、安易に「あとは察してね」なんて求めたりもしない。かといってわがままに冗長でもない。読む人がついて来れていないのに自分のリズムを押し付けたりしない。とことん相手を慮って、とことん自分を律する。このような書かれ方をしているブログ記事は長くても短くても、読ませるなと思う。

 

音楽でも、文芸でも、他者に向けて芸を披露する者の最大の使命とは、その瞬間相手をどこまでも気持ちよくする、支配してあげることなのではないかと最近よく思う。相手のことをとことん思う。だからこそなめてかかりもしない。こんなことやったってついてこれるでしょと挑発して、ほんのちょっと苦しめば越えられるようなハードルを設置してあげる。ハードルを越えてついてきたあなたにだけ見える世界を見せてあげる。そうやってひとときの間にも、作為的に様々な体験をしかけてこそ、相手から奪った時間を、ほんのわずかでも価値あるものにできるのではと思う。

 

上原ひろみさんは本当に献身的だった。

私も、自らの発するものでいつの日か彼女のように、大勢をまとめて死ぬほど気持ちよくさせたい。骨抜きにさせたいものだと思う。

 

 

・・・そんな大それた野望を抱きながら色々と書かせていただいております。

以下最近の更新です。

cakes.mu

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cakes.mu

 

また少し前、おひとりさま女性に向けた新メディアSOLOで新しい連載が始まりました。

タイトルは「世界は一人の女を受け止められる」編集の子が考えてくれました。かっこいい。隔週更新予定です。

 

sololife.jp

 

引き続きよろしくお願いします。

 

 

https://instagram.com/p/1j7xNfB-5n/

ところでこれはずっと前に「家族無計画」のタイトル画像用に焼きおろした(新語)シナモンロール。タイトル画像、最近新しいパターンに変わりました。前回のタイトルパン画像はエイリアンに見えると評判でしたが今回は何に見えるでしょうか?