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しないことを決めるとモテるという仮説

先日、猫町倶楽部(読書会コミュニティ)代表の山本多津也さんと運営メンバーの皆さん、それに『理不尽な進化』の著者、吉川浩満さんとで、私たちはこれから、どうやって長い人生を乗り切るべきかという話をした。

乗り切るというのは、何もお金や住む家など現実的な問題をどうやり過ごすかってことだけじゃない。へたしたら80とか90とか、ともすれば100歳くらいまで生きるかもしれないという可能性をふまえて、何をやって時間を潰すか、飽きてもうやめたと思わないようにするか、そういうことも含む。

 

例えば私の場合、39歳のときに長男が、43歳のときに長女が成人するので子育てはそこで一区切り。子供2人が成人したら本格的に私の3.0時代の幕が上がる予定なので、子供が一緒に歩くのを嫌がるような奇抜な格好をしたり、好きなだけ旅をしたり、「そっちにいっちゃだめ」と通常ならついブレーキをかけたくなる危険な相手との恋愛に走ったり、果ては行きずりの相手と性行為をしまくったりしようと思っているけれど、一方でそういうことにばかりうつつを抜かし、働かずに済むほどの潤沢な蓄えがあるわけでもないので、並行して仕事はしなければならない。しかし幸いにも仕事は好きだからこれも何とか精神的支柱になるだろう。破綻した生活と仕事、この2本柱で決まり、と思っていたら、博識な吉川さんがこんなことを教えてくださった。

 

「今後、人工知能があらゆる仕事を担うようになって、2045年にもなると、まともに仕事に就けるのは人口の1割程度になるという予測もあります」

 

これは大変だ。うかうか仕事だってできなくなるかもしれないのだ。
9割が働けない環境下では各々が働いて稼いで自分の生活を維持するという今の当たり前が通用しなくなってるわけだから、よくわからないけどベーシックインカムとか何かが導入されてたりして、働かなくても生活できるようになってるのではないかと思う。だから、仕事が嫌で嫌でたまらない人にとっては朗報かもしれない。

 一方で、懸念もある。30歳になって初めて職に就いた私は、慣れない仕事で神経をすり減らし、日々ヘトヘトになりながらも「ああ、今、社会の経済活動に参加してるな」「社会に貢献してるな」とを感じて、それまで知らなかった充足感を味わった。もちろん、将来納税の義務を負う子供を産み育てることだって社会に貢献しているし、働いている家族を家事で支えることだって十分社会に貢献していることには違いない。そして現在専業主婦である人に対して社会に貢献してないなんて微塵も思わない。でも、自分が専業主婦だった当時、私自身はいつもどこか、働いていないことを後ろめたく感じていた。そして働いたことで、そのもやもやが晴れた。きっと私に限らず多くの人が、自分の貢献感の拠り所を仕事においているのではないかと思うから、人工知能が私たちの仕事を担ってくれるようになれば、貢献感満たせない難民で街が溢れかえるのではないだろうか。

 

そんな私の疑問に対し、吉川さんはうんうんと頷いた上で、 「だからね、僕はそうなったとき、ボランティアやNPOの活動が盛んになると思うんですよ」とおっしゃった。

 

この話の後で、私は一つ思い出したことがあった。 最近、私の周りでモテている女の子には一つ顕著な傾向があると感じていて、それは往々にして「しない女子」であることなのだ。

唐突に何を、と思われるだろうけれど、ちょっと辛抱して聞いてください。

「しない女子」というのは、料理をしない、ゴキブリ退治をしないなど、一つや二つ、日常生活においてかなり重要なことだけど、絶対に自分ではしないということを決めている女子のことで、私が今さっき勝手に命名した。体裁としては「できない」だけど、その裏には往々にして「しない」という強い意志が潜んでいる場合が多いから、しない女子、だ。

料理はどうしてもできない(だからしない)、という女の子のもとには料理ができる男の子がなぜか絶えずどこからともなく現れるし、ゴキブリを絶対自分では退治しないという女の子は、毎回あの手この手でゴキブリをどうにかしてくれる男の子を見つけてくる。私の無根拠な所感なので信じない方もそれでもちろん結構なのだが、生活の中で一つ二つ、どうしても他人の手を借りなければならないシーンを持っている女の子ほど、どうやら現在モテてるのだ。

そして、これは何も女の子に限った話ではなくて、逆の話は昔からあったからあえて言う必要を感じないだけでもある。生活能力の低い男の子、「もぉ、また散らかしてる」とか言われながら女性にあれこれやらせる男の子は、なんだかんだでモテてきたはずだ。現に世の中にはダメ男好きの女の子はたくさんいる。

 

先日、渋谷のスクランブル交差点のあたりに、「May I help you?」と書いたプラカードを掲げた人たち立っていた。外国人観光客向けに、困ったことがあればお手伝いしますよ、と待機している人たちのようだった。

 

思うに私たちは、あのプラカードの人たちのように、全然お金にならなくても、誰かを助けたり、誰かの役に立ったりしたい。誰かのヒーローになりたい。そうして、自分に生きている価値があることを確かめたいのだ。

 

きっと昔なら、風邪をひいて寝込んだ人には、誰かが飲み物や食べ物を届けなければならなかった。届けた人は、それによって貢献感を感じることができた。けれども今やいたるところにコンビニがあるし、Amazonプライムならへたすれば1時間以内にポカリでもゼリーでも冷えピタでも届けてくれる。終電を逃して帰れなくなった人を誰かが家に泊めなくても、漫画喫茶もカラオケもある。困った人の役に立つ機会を、サービスやシステムがどんどん奪っている。

そんな中にあって、多少自分の生活に不自由が生じたとしても、絶対にしないことを持っていて、他者の手を借りる余地を残している人は、少なくともその一点においては、それができる誰かを、ヒーローにすることができるのだ。

 

『家族無計画』の中でも紹介した「自立とは依存先を増やすこと」という、熊谷晋一郎さんの有名な言葉がある。私自身、特に離婚してから、色々なことが一人でできるようになった(4ドア冷蔵庫を一人で動かすとか)。折に触れて、できるようになったできなかったことを一つ一つ数え上げては、成長しなあ、と嬉しくなったりする。 けれどもこれから先、急激に変化していく社会を健やかに生きていく上で、もしかしたら、一人で全部できることは必ずしも必要じゃないのかもしれない。 他者に依存しなければ成立しない生活を、強い信念で、ストイックに維持すること。案外これが、自分のためにも、人のためにも、重要なことなのではないかと、思い始めている。

 

 

* 

 

……で、このような話を11/23(祝)の猫町倶楽部読書会(@名古屋)で、させていただくこととなりました。

 

www.nekomachi-club.com

 

読書会の課題本は、ありがたいことに拙著『家族無計画』(Amazonで残り4ですので必要な方はお早めにお願いします)で、トークのテーマは、”アラサー・アラフォーのための人生100年時代の生き方”です。私だけならぼんやりとした話で終わるところですが、吉川浩満さんにもご登壇いただけることとなったので、より骨太な話ができるのではないかと思っています。(吉川さんまことにありがとうございます!)読書会後には同じ会場でクラブイベントがありまして、私もCDでDJをやります……。

 

読書会というのは敷居が高いと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、本の感想のみならず、それに付随するご自身の経験なんかを、気軽に語っていただける場所です。かなり刺激的な体験ができると思うので、名古屋周辺のみなさま、どうぞふるってご参加ください。23日にお会いできることを楽しみにしております。

 

 

https://www.instagram.com/p/BKIIhz1hCt8/ 

 

ところでこれはいつか焼いた桃のパウンドケーキです。ファッションデザイナー、鷺森アグリちゃんのトークイベントに差し入れたら安藤桃子さんも食べてくださったというラッキーケーキ。……パンは、最近休んでいます。

時に理解を後押しするけれど、時にしがらみとなるもの

 

「それは大変だったでしょう……」

「いや、全然」

という会話って案外ある。

 

離婚を公表した後、会う人、会う人に「元気そうでよかった」と口々に言ってもらった。

心配してくれたんだなぁとありがたく思う一方で、内心すこし後ろめたい気持ちがあった。というのも、実際の私は元気どころか正直絶好調だったのだ。もっというと、これまでの人生の中でトップレベルにブイブイ言わせていた。いやブイブイ言わせていたっていうとちょっと語弊があるかも……。帰ってこない人を延々と待つ負担から解放されてとにかく身軽になったし、仕事が思い通りの速度で展開するようにもなったのだ。面白い人にますますたくさん会えるようになったし、こんな私ですらたまに異性にチヤホヤされて程よく自尊心が満たされることもあった。子供達も10代に突入し、多感になる一方、新しい刺激や楽しさを私に与えてくれる存在になり、関係性は(少なくとも私が感じる分には)良好だった。あまりおおっぴらに言うもんじゃないと分かっていながらあえて二度言うけれど、離婚後の我が人生は、思っていたよりかなり絶好調になった。

 

「元気そうでよかった」と言ってくれた人はきっと、「幸せな結婚生活の不幸な終わり」である離婚をしたのだから、私はさぞ悲しんでいるにちがいないと心配してくれたのだろう。だけど、私にとってはその実、離婚が「不幸な結婚生活の幸せな終わり」であって、なおかつ「新しい生活の清々しい始まり」でもあったのだ。

  

私たちは普段、自分が体験していないこと、かつそれまで自分の中の議題として上がらなかったものについては、いつの間にか身につけている社会通念に沿って理解しようとする。それは「離婚は悲しい」みたいに、起点と終点のある一本の線のようになっていて、うまく働けば、経験者と未経験者、当事者と第三者の間の埋められない溝の間にうまく挟まり、相互理解の一助となってくれる。私の場合、共感は生まれなかったけれど、離婚して辛いんじゃないかという仮説のもと、私を気にかけてくれた周りの人の気持ちはとても嬉しいと思った。

 

だけど、ときに悪く働くときもある。社会通念的にこうだから実態もこうあるべき、あるいは、こうでない人は間違っている、というふうに、人の自由な生き方を型にはめることになる。このとき、社会通念は余計で窮屈なしがらみになる。

  

特に家族という共同体は、ときに新しい命を迎え入れ、育てる使命を追うとされている(家族だけが、という点も社会通念だけど)ので、外の人が善意や正義の名目でずけずけと社会通念を押し付けてきやすい。世にあるものの中でもかなり上位に、色々なしがらみにまみれていると思う。具体的にいえば、家族にはお父さんとお母さんがいるものとか、お父さんは稼ぐ人でお母さんは家事をする人だとか、一部で信仰されている3歳児神話も。そうじゃないケースがどんどん増えてきているのに、長い年月をかけ、一度しっかり出来上がってしまった社会通念は、なかなか姿を消さない。

  

本当はもっと自由な形にもなり得ると思うし、それを模索したって誰に咎められるべきでもないはずだ。だけど、しがらみの全てをどうにかしようと考えると、家族に付随するあらゆる事象の価値やあり方を、ゼロから一つ一つ自分で考えて、ケースバイケースで定義していかなければいけないので、とにかくものすごく大変だ。私は怠け者だしそれだけの体力もないので、家族を取り巻くそういったしがらみとは、一部では正面から向き合って、一部ではヒョイヒョイと潜り抜けて、一部では利用したりすればいいと思う。そうやって、結婚したり、家族になったり、離婚したりを楽しんでいけると思う。今年6月に出版した『家族無計画』(朝日出版社)という本では、そういうことを書いた(つもりだ)。

 

けれど、本当は、社会通念に頼らなくても相互理解できることが一番ではあって、自分をそんなふうにストイックに鍛えていくことが、社会で共存する他者への本当の思いやりなのではないかという思いもまたある。

 

そんな私にとって、小説家の山崎ナオコーラさんは、ある意味でヒーローのような存在だ。山崎さんがウェブで綴られている連載『母ではなくて、親になる』第一回にはこんな記述がある。

 

 

妊娠中に、「母ではなくて、親になろう」ということだけは決めたのだ。 親として子育てするのは意外と楽だ。母親だから、と気負わないで過ごせば、世間で言われている「母親のつらさ」というものを案外味わわずに済む。 母親という言葉をゴミ箱に捨てて、鏡を前に、親だー、親だー、と自分のことを見ると喜びでいっぱいになる。

 

 

それから、山崎さんが3年前に書かれた小説『この世は二人組ではできあがらない』の中にはこんな文章がある。

 

まだ誰も見つけていない、新しい性別になりたい。

 

この物語の主人公は、男女が恋愛をしたり、一緒に住んだりして二人組になることや、家族が一つの戸籍に入ることなど、様々なあたりまえに疑問を持ち、いかなる関係においても、自分なりのあり方を見つけようとする。小説家ということもあって、山崎さんご本人をつい、主人公に重ねて読んでしまう。

 

お会いしたこともなく、書いてこられたものだけで想定するのもどうなのかと思うけれども、山崎ナオコーラさんはずっと、多くの人が安易に作り出す因果関係や、多くの人が妄信する社会通念と、都度正面から向き合い、ストイックに自分の正しいと思う答えを見出そうとしてこられた方ではないかと思うのだ。

 

 

……で、実は明日11月11日、そんな山崎ナオコーラさんと「家族と社会」をテーマに、トークイベントを開催させていただくこととなった。 今年出産されたばかりの山崎さんが、今、家族をどう捉え、家族と社会のつながりをどう感じていらっしゃるのかなど、いろいろとお話を伺う中で、既存の価値や社会通念とどう向き合っていいくべきかといったことを考えたい。

 

このような話に興味のある方は、よろしければぜひ下記よりお申し込みの上、ぜひご来場ください。余談だけど、会場となるスマートニュース株式会社で、私は週2日働いています。

 

kazokutoshakai.peatix.com

 

 

 

 

https://www.instagram.com/p/BKCXLgehNpJ/

 

ところでこれはかなり前に焼いたブルーベリーパウンドケーキ。

 赤ちゃんを産んだばかりの妹の家に持って行こうとしたものの、焼きあがったあとに「今日は忙しいからこないで」と言われ、涙をのんで我が家で食べた記憶。

『りこんのこども』取材に応じてくれたお子さんの、お母さんからの言葉。

先日カフェで仕事をしていると、隣に座っていた10代後半〜20代前半と思しき女の子2人の会話が耳に入ってきました。

「お母さんに彼氏がいたの。怪しいなと思ってたけど、やっぱりいたんだよね」

淡々と話す女の子の様子に、お母さんはシングルマザーだったのかな、と思いきやそうでもなさそうで、お父さんは目下カンカンに怒っているとか。これから離婚に向けた話し合いがもたれるそうです。

「お父さんが可哀想だね」

と話を聞いていた友達が言うと、女の子は即座にそれを否定。

「もとはと言えばパパが先にずっと浮気してて、それをママが我慢してきたの。だから仕方ないっちゃ仕方ないけど、でもママが再婚したらいやだな。だってもし私が結婚することになったら、バージンロードをそのママの彼氏と歩くことになるわけでしょ?そんな全然知らない人と歩きたくないよ」

そうだよねえ、と心の中で呟きつつ、ついしばらく彼女の話に聞き入ってしまいました。

 

 

りこんのこども

 

 本日、2冊目の著書となる『りこんのこども』 がマガジンハウスより発売されました。

この本には、両親の離婚を経験した子ども達の、6つの家族の物語が収められています。

制作にあたっては実際に、小学5年生から高校3年生まで、8人の子ども達に取材をし、今の暮らしや、親の離婚についてどう思っているのかといった話を聞きました。

取材を始めた当初は、子ども達が自分の離婚をどんな風に話してくれるのか、仮にもし両親の離婚が彼らにとって何らかの心の傷をつけたとしたら、この取材がそのかさぶたを剥がしてしまうことになるのではと、少なからず不安もありました。ところがいざ取材が始まってみると、意に反し、子ども達はとてもたくさんのことを 、初対面の私に、とても正直に打ち明けてくれました。

 

最近よく思うことに、私にとって自分のことをエッセイに書くというのは、自分自身を癒す作業、自分の中の混沌を整理し、その前より少し楽な方向に、混迷の出口を用意してあげる作業です。同様に、何かの取材を受けるときもそうで、話しながら、「そうだ、こういう風に考えたらいいんだな」と思い至ることもあります。

かなりおこがましい望みではあるけれども、取材中の子ども達の様子を見て、せめてこの時間が、彼らにとってそんな、自身の体験の整理のための一助となってくれれば、そんな風に思っていました。

 

……だから、先んじて原稿を読んでくださった親御さんから、「紫原さんに作っていただいた物語で、うちの子も私も救われる気持ちになりました」とメールをいただいたときには、嬉しくてつい涙が出てしまいました。その言葉で、私の方が救われた思いでした。つくづく、素直で愛しい子ども達と、寛大な親御さんとの出会いに支えられた1年でした。

 

今回それぞれの物語は、取材した事実をもとに、小説のような体裁で書いています。取材中の言葉だけを切り取るより、子ども達の生活する様子が見えた方が、より私が受けた印象に近いものとして伝えられると考えたからです。

ただ、慣れないこのやり方には本当に苦労しました。私の技術の稚拙さを嫌が応にも実感させられ、何度も何度も修正し、時間もかかってしまいました。そのため、出版社の方にはご迷惑をおかけしてしまったと思います。けれども、一冊の本として仕上がってきたものを見返してみると、その分、本当に良い本に仕上がったのではないかと感じています。

 

改めて、今回の取材に快く協力してくれた子ども達、そして親御さんに、心より御礼申し上げます。また、時間に追われる大変な状況下で、根気強く併走してくださった編集の鎌田さん、鉄尾さん、本当にありがとうございます。

 

前作『家族無計画』は大人の事情であるのに対し、『りこんのこども』は図らずも子どもの事情のお話となりました。ぜひ、あわせてお手にとっていただけると嬉しいです。 

りこんのこども

りこんのこども

 

 

家族無計画

家族無計画

 

 

 

 

https://www.instagram.com/p/BJXSoPshldf/

 

長きにわたり抱えていた制作が一段落したので、またパンを焼き始めました。

これはピタパン。中が空洞になっており、半分に切って具を詰めます。

最近ていねいな暮らしが止まりません。暴走するていねいな暮らし。

『家族無計画』刊行と志茂田景樹さんとのトークイベントのお知らせ

 先月、初めての著書「家族無計画」が朝日出版社より発売されました。

 

https://www.instagram.com/p/BFTlv0yB-xW/

 

 

https://www.instagram.com/p/BFTwWjyh-3z/

 

 

ゲラの段階で、2016年に刊行される本にも関わらず2回もリア・ディゾンが登場しそうなことが分かり、柔らかく指摘が入りました。編集者さんが最後まで本当に根気強く付き合ってくださって完成した本です。

 

家族無計画

家族無計画

 

 

この本は、訳あって前回の都知事選の回想から話が始まっているのですが、思ってもみないことに発売直後に現舛添都知事の辞任が決まり、図らずも話題性という点で多大な恩恵を授かりました。誠にありがとうございました。早速、BuzzFeed 日本版さんでは下記のようなインタビューを掲載してくださいました。

 

www.buzzfeed.com

また発売後は、ウェブメディアmessyでの連載をまとめた「愛のことはもう仕方ない」を上梓された歌人枡野浩一さん主催のイベントでお話しさせていただいたり、明子の部屋と題したミニトークイベントを神楽坂のかもめブックスさんで開催し、最高に面白い店主の柳下恭平さんとお喋りさせていただいたり、楽しい催しにちょくちょく顔を出しています。

 

https://www.instagram.com/p/BHPlTICBPTS/

 

いつもイベントは、私が思わずハハハっと笑った瞬間にお客さんもドッと笑う、私が「さあ笑って」と念じながら発した一言でお客さんがドッと笑う、イベント後会場を後にしたお客さんが地下鉄の中で「抱腹絶倒」とツイートせざるを得ない、そんな一体感のある笑いを究極のゴールと定めやっているんですが、やはり素人にはなかなか思うようにはいかず、つくづく喋りっていうものは難しいなと感じます。また本の刊行記念イベントに来てくださる方が、そもそもそんな笑いを求めているのかどうかも定かではありません。ナイスパフォーマンスへの道は遠いなと自らの無力を感じ、終わった後にがっくり肩を落とすたび、電気店などをドサ回りしていた売れない時代のももクロに想いを馳せ、いつかきっと武道館に立つぞ!と自分を鼓舞しています。

 

ところで武道館への道のりは遠いものの、かもめブックスさんと同じくらい大好きで、憧れだった本屋さんで今週、尊敬するあの先生とトークイベントをやらせていただくことになりました。こちらです。

 

www.aoyamabc.jp

 

一時は一家離散していたという志茂田家の過去のお話や、家族の危機を乗り越えた今だからこそ語れる、現代の社会で家族を柔軟に維持するために必要なことなど語り合っていただきたいと思います。
ご参加の方々のお悩みを募集し、ゲストのお二人に応えてもらう「人生相談コーナー」も設けます(当日、会場入り口でお悩み記入用紙を配布し回収します)。

 

7/8(金)19:00より青山ブックセンターにて、志茂田景樹先生とお話しさせていただきます。私が長らく志茂田さんの人生相談ツイートのファンで、また長年、ボランティアで子供達に絵本の読み聞かせをしている母は、絵本作家としての志茂田先生のファンでもありました。

 

 

 

  

志茂田先生に直にお話しを伺えるということで、誰あろう私自身本当に楽しみなイベントです。お時間ありましたらぜひご来場ください。

お申し込みはこちらから。

 

※予告動画も作りました

 

余談ですが、本イベントのイベントページURL、そして先ほどご紹介したBuzzFeedの記事URL、並べてみるといかに私の頭がスカスカかがわかります。 

https://www.buzzfeed.com/narumi/akiko-has-no-plan

http://www.aoyamabc.jp/event/noplan-family/

アキコ・ハズ・ノープラン、そしてノープランファミリー。

いい感じです!

 

 

https://www.instagram.com/p/BGfuZ9sh-1X/

ところでこれは先日焼いたパンです。

友人とチーズを食べる会をやると思い、チーズに合いそうな塩のパンを焼いたところ、チーズでなくて焼き菓子を食べる会だったのでまさかのまさかでその場にはチーズがありませんでした。止むを得ず、パンはパンで食べました。

映画「ちはやふる」を観ないのは人生の損失。

 

ちはやふる(1) (BE・LOVEコミックス)

書こう書こうと思ってバタバタしていて遅くなってしまったのですが、「ちはやふる」の映画、上の句、下の句を続けて観に行って、めちゃくちゃ泣いてしまいました。「ちはやふる」は、今更いうまでもないかもしれませんが、競技かるたに青春をかける少年少女たちの物語で、大ヒットの漫画が原作となっている映画です。

私は「りこんのこども」という連載をマガジンハウスさんとともにcakesでやらせてもらっているのですが、これは親の離婚を経験したお子さんに2時間ほどお話を伺って、彼らの気持ちや生活の様子を事実をもとにした物語として再構成する、というものです。ちょっと抽象的ではありますが、この作業は、何百本もの糸で複雑に編まれた一つの巨大な作品を、私が勝手に紐解いて、糸の数を減らして、見た人に、結果的には両者が近しい印象を与えるような、より小さな、手に取りやすい作品に編み直すというようなものです。作品が小さい分、1本の糸の色をより際立たせたり、登場人物を最小限に絞ったり、本筋を正しく、ぼかさず伝えるための配慮が必要です。

で、元々漫画や小説で原作のある作品を映画にするというのも、本質的にはこれと同じことなのだろうと思うんですが、映画「ちはやふる」を観たとき、この、小さく編み直す作業が、ものすごく巧妙にできていると、失礼ながら大変感動してしまいました。

主人公千早が発足した競技かるた部は全部で5人。上の句では、2時間ほどの物語で、それぞれにきちんと役割が与えられ、全員が愛すべき存在として個性を放っている。愛すべき存在となり得るだけの人柄が、動きやセリフ、エピソードによって描かれているんです。特に準主役となる太一の物語の描かれ方は秀逸で、太一が幼少の頃から背負ってきたとある罪と、その葛藤を表現するために、映画では「神様」という言葉がよく出てきます。また、かるた教室の原田先生が神職となっているのも特徴的です。

そもそも「ちはやぶる」という言葉は神にかかる枕詞だそうで、その言葉の一部を自身の名前として背負った主人公、千早は、美しく、ひたむきで、正義感が強く、太一や新、その他周囲の人たちにとって、確かに神のように眩しい存在として描かれています。この眩しさに人間らしくあてられて葛藤する太一がそもそも私はとても好きなのですが、映画では「神」を出すことで、この太一の抱える葛藤も、千早への憧れや好意も、また競技かるたという一瞬の勝負に挑む者の心理も、観る者に一気に伝わるようになっているんです。

脚本もさることながら、映像も本当に素晴らしいです。千早は天性の耳の良さで、読手の発する一言目の子音を聞き分け、札を取りにいけるという才能を持っているのですが、映画ではこの千早の聴覚を疑似体験できるようになっていて、その瞬間の描きかたに鳥肌が立ちます。集中した状態から音を聞き分ける緊張感、その後札を取りに行くまでのスポーツたる躍動感、緩急のつき方が圧巻です。

上の句で散々それら美味しいところを堪能した後、下の句でいよいよ登場するのがクィーン若宮詩暢(しのぶ)。広瀬すずのあまりの顔の造形の整い方に、画面上の存在感において彼女とライバルになり得る存在などないのではと思っていたところに、え、なんで!?この人こんなだった?!と驚愕せずにはいられない、松岡茉優の圧倒的な佇まい。彼女が、音を立てないかるたを取る、その仕草が綺麗すぎて、驚きの涙が出ます。私は一気にファンになってしまいました。。

上の句、下の句を見終わった後、ふいに思い出したのが、もう何年も前に観たこのCMです。※2本立てなので後編の方観てください。

 


au CM 「LISMO Fes!」篇15秒/30秒 川口春奈

爽やかな曲に載って大きく映し出される千早。この頃私はまだ漫画「ちはやふる」を知らなかったのですが、何と美しい絵だろうと、物語もろくに知らないのに、あの一瞬を切り取った表情が後々ずっと印象に残っていて、それをきっかけに「ちはやふる」を読み始めたという経緯がありました。原作者である末次由紀さんの描かれる絵は、登場人物の表情のみならず、その周りの空気まで綺麗です。一カットだけで泣けたり、ため息が出たりしてしまう程で、だから良いのですが、映画版はそんな良さをも正確に理解し、再現しようとしくれている……下の句の一番最後のカットを観てそんな思いがついに確信に変わり駄目押しで号泣。切ないとか悲しいとかでなく、ただ美しいものを観て涙が出るという、本当に清々しい体験ができます。映画「ちはやふる」、未見の方はぜひ観てみてください。本当におすすめです。

 

<追記>

大事なことを書き忘れていたんですが、広瀬すずの千早は、漫画の千早とは違うんです。(少なくとも私の印象としては。)でも、美人なのにモテなそうで、ときにわがままなほど直向きで、確かに恋愛に鈍感で、不思議と整合性が合っているのです。漫画を実写化してここまでつじつまを合わせることができるなんて、神がかり的なテクニックだと思いました。

 

 

家族無計画

家族無計画

 

それから、今日はパンを焼いてないので代わりに一つ告知をさせてください。cakesで連載していた「家族無計画」が朝日出版さんから書籍化されます。5本ほど書き下ろしをいれて、これまで公開されたものにもものすごく加筆したので、連載当時とはまた違うものとなっています。Amazonにて予約受付中です。よろしければぜひお買い求めください。

 

PLAZAで売ってるマシュマロペーストが楽しい。

https://www.instagram.com/p/BBtDt4LB-7L/

PLAZAで買ったマシュマロペーストがとても良い。

https://www.instagram.com/p/BBtDyPwh-7V/

こんな風にパンに塗って焼くと、アイスクリームのような味がするよ。

https://www.instagram.com/p/BBtDd_ih-6u/

食パンマンも作れる。りんごの赤ワイン煮を乗せるとデザートです。

パイを焼くときに上から被せてもよさそう。



娘が頑張ってる。

本人の強い希望で、娘が塾に行き始めた。
家からそれほど遠くない塾だけど、都会ならではの事情で、途中何箇所か通過するのにコツがいる場所がある。そこでスマホパスモをもたせて、尚且つ慣れるまでは私がお迎えに行くことにした。ここまでやれば万全だろうと思いきや、スマホの充電切れで、待ち合わせていた私とうまく会えないというハプニングが発生。そのときは、本人なりに考えて、パスモに多めにチャージしていたお金でモバイルバッテリーを買って、スマホを充電して連絡してきた。

塾には学校の友達が1人もいないのに加えて、他の生徒たちは去年から通っているので、教室の中では既に友達関係が出来上がっていて現状ボッチらしい。話を聞くだけで私まで心細くなるけど、当の本人は「絶対次こそ誰かに話しかける!」と毎回強い気持ちでいるので余計にいじらしい。

塾の授業を終えて教室から出てくる娘は、やっぱりまだとても緊張した顔をしていて、私を見るなりその日あった出来事を早口でまくしたてる。慣れない中で、自分を奮い立てて頑張ってるんだなぁと、胸がいっぱいになる。

そんな娘、ついに今日、勇気を出してとある女の子に話しかけたらしい。なんでも、女の子たちが戦国武将の話をしていたので、大の織田信長好きな娘はいてもたってもいられず「誰が好きなの?!」とぐいっと話しに入ったということだった。話しかけられた子は気さくな感じで、徳川家康が好きだよ、と教えてくれたらしい。そこで娘が自身の信長好きを打ち明けると、女の子の方は決して悪気なく、「でも信長って性格悪くない?」と言うので、会話はそこで終わったらしい。


学校では、信長を悪く言われるとマジギレすることで知られている娘。しかし今日は空気を読んで、喉元まで出かかった反論をぐっと飲み込んだというので、私は泣きそうになった。とにかく、娘の頭をめちゃくちゃに撫でた。娘はとても頑張ってる。本当に立派だ。健気だし、勇敢だ。お母さんは応援している。


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これは最近焼いたチョコパイとソーセージパイ。お母さんは最近頑張りが効かないのでパイシート使いました。。