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愛想はないが色気のある家に引越した話

すまい

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東京に出てきてからの約9年間で6回の引越しをした。どの家も築年数が浅くて、現代人たる我々のライフスタイルにあわせて設計してある賃貸マンション。たっぷり収納があって、家電も備え付けで、壁に絵をかけたい人の為にピクチャーレールというフックがあらかじめつけられていたりもした。

けれども福岡の実家に帰っていたあるとき、凍えるように寒い浴室に置かれた電気ヒーターや、見落としがちなスペースに佇む100均の収納グッズ(かご、つっぱり棒)などを見て、そうだ、生活するというのはこういうことだったとはっとさせられた。家に守られながらも、日々家と戦うように暮らす。家に負けないように、人間様が快適な暮らしが営めるように、家に強いる。本来こうあるべきではないのかと。

すると途端に、今の自分の暮らしが窮屈に思えてきた。すべてあつらえられた家では、家の意図するように暮らしていればまずほとんど不自由しない。でもそこに、そうじゃない暮らし方が馴染む余地は全くない。無抵抗でそこそこ快適なので、本来私が最も快適であると感じる暮らしを渇望しなくなっていた。これでは人間バカになるのではないかと思った。

壁紙も床もわずかな家具も真っ白で、物がまるでない家、なんてたまにあるけど、そもそも私はそういう家を、住む人の人柄をなに一つ表していなくてとても味気ないと感じる。(もし住む人の人柄を表していたとしてもそれはそれで味気ないと感じる)
思えば私が長年選んできた快適な家が住人に強いるスタイルは、突き詰めるとどこもそういうものだった。
そうじゃないやり方を受け入れる余地のない、まるで隙のない部屋。
どうしてもつまらなくなってしまった。
だって、余白こそ色気じゃないか!
もっと住まいを、家を、私色に染めてやりたい!!!

私は思い立つと動かずにいられないので、去年の夏、築45年のDIYフリー、現状回復義務なしの賃貸マンションにお引越しした。

床暖房もないしキッチンは極狭。畳の部屋には押入れ。引越しに際してはもともと持っていた荷物の3分の1は処分した。

いたれり尽くせりだったこれまでの住まいに比べればかなり愛想ないやつ。今の家はそういうやつだ。しかし日々戦うように工夫をしながら、私の生活にあわせて家を作っている。だからもう離れられない。そう、パンのように。

家の中でも北側にあって夜など凍えるように寒い寝室に入るたび、うん、戦ってるな、と思う。氷のような布団に入り、すぐにあたたかくなるからね、と私の体温で布団を温めながら寝るのだ。


懸命に働きかけると、ときに反抗しながらも、いつかは必ず、愛おしいほど素直に私色に染まる。

パンと家の魅力は似ている。